あの窓、メロス、そして今。 第一話
実際のところ、この世に面白いことなんてそうはないのかもしれない。
それを無理に探せば探すほど、さらに見つからなくなっていき、そして人々はあきらめる。
俺もきっとどうやらその一人のようだった。
「あ〜なんか面白いことねぇーかな?」
思ったことがそのまま口に出る。
「ねぇーよ」
つまらなそうに、見事に水で薄められたオレンジジュースの氷をストローでかき混ぜていた”サトル”が間髪いれずに即答する。
それこそ、つまらないことを聞くな、といったようだった。
とはいえ、コイツも同じことを思っているのは間違えなかった。
”ねぇーよ”の裏には”いつか見つけるけどな。”が隠れているのは、おそらく、長年付き合った友人でなければ気づかないであろう。
そう、二人は思っていた。いつしかこんな寂れたファミレスで話していたことなんて忘れるぐらい、面白いことを見つけてやると。
とはいえ、現実は中々に厳しいもので、今現在、二人の目の前には面白い何かがあるわけはなく、ただただマニュアルどおりに作られたハンバーグが二つあるだけだった。
若干飽きてしまった”それ”を俺はもう一度フォークでつつく。
そいつはもちろん突然言葉を発するなんてことはなく、ただただ肉汁でそれに答えた。
まわりを見回すと夕食時だというのに、人はまばらで、市街地から若干外れたこのファミレスには”値段は普通だけどゆっくりくつろげます”という店の狙い通り、特にすることもなく、ゆっくりおしゃべりでもしていかない?な人たちが集まっているのだった。
まぁ俺もだけど……。
ドリンクバーに立とうかどうしようか、迷いながら氷だけ入ったコップを転がす。
少しの沈黙が続いた。
でも、それはその話をするには十分な沈黙だったと言えるだろう。
どちらからともなく話を切り出す。
「あいつは……なにしてんだろうな」
もはや、あいつが誰なのか、二人の間で確認する必要もなかった。
そして、それは、あまりに不謹慎ゆえに二人とも口には出さないが、もしかすると、今考えられる最も面白いことかもしれなかった。
つまりはイケブクロはどうなってるんだろうと……。
「イケブクロが占拠された。サンシャインシティーに……いる。DぃーZ」
今のところわかっている、そこから帰ってきた唯一の男が発した言葉だった。
そしてそいつは死んだ。
それからは知ってのとおり誰も帰ってきていない。
最近では報道もお手上げで、外からイケブクロを撮った映像を流し、それっぽい専門家を呼んでは、妄想を膨らませるだけになっていた。
皆がわかることはただひとつ。イケブクロに行ったら帰ってこれない。それだけだった。
被害者は初日の被害者、そしてその後の報道、警察関係者をあわせて5万人近くになるらしかった。
そして、あいつも……。
「なぁもしも……だけど、あいつがあの日、実はイケブクロに行ってなかったとしたらどうする?」
「なんだよそれ」
突然のサトルの質問に俺は戸惑う。
もしも、行ってなかったらか……それは、はたして、”行ってなかったらよかったのにな”という話なのか”行ってないんじゃないかな”という意味なのか俺にはわからなかった。
でもどちらにしても
「あんまり変に考えるのはやめたほうがいいと思う」
確かにアイツの安否がわかればそれに越したことはないのだが、でも、事実あいつはあの日イケブクロに行くといった。
そして、それ以降連絡が途絶えた……。
それはつまり、そういうことじゃないか?
あーあ、と俺は自分で思う。面白そうなことがある。でも実際にあったら、直前で逃げる。
それが俺。
だってそれには気力と勇気がいるから。面倒くさいことは嫌い。結局はそうなのかもしれない。
そして、サトルも、そうなのかもしれない。
「そうだよな」
それだけ言うと、黙ってしまった。
それでおしまい。
のはずだった。
「実は、あいつのこと見たってやつがいるんだ」
「え!?」
「だ、誰だよ!?」
俺はあわてて聞き返す。
なんだそれは……。
沈黙。
ようは言いたくないのか。
「でもじゃあそいつはなんで話さなかったんだよ??それとも話したのか??」
沈黙。
嘘か……。
いや、コレが嘘でなくとも、たぶん結局は嘘だ。
ようは嘘をついたか、つかれたか。
現実のあれこれを考慮してみれば、”あいつ”が何の連絡もよこさないのに、普通に生活していると考えるのは困難だった。
「行こうぜ」
俺はおもむろに伝票をとって歩き出す。
「お前1300円な」
そいつもそれで納得したのか、それ以上何も言わなかった。
結局世界がどうアレ俺たちは生きていくしかないのだ。
面白いことがなくても。
いや。
「案外、面白いことなんて、ないほうがいいのかもな」
ひとりごとともとれる風につぶやいていた。
「ああ」
サトルもひとりごとのように返事をした。
俺はたぶん、その時本気でそれを思っていたのだろう。
だから気づかなかった。
「また明後日な〜」といって分かれたその時も、少し肌寒くなった帰り道でも。
”ああ”の裏に隠された本当の答えに。